志免町移住(在住)インタビュー

長崎県壱岐市より志免町へ転入した

福永さんご夫妻

  • ちょっとこわかった竪坑櫓も今では…

    岐代子さん ふたりとも長崎の壱岐出身で、志免町には昭和58年から30年以上住んでいます。姉が志免町に住んでいたので、初めての土地でも安心かなと思って引っ越してきました。最初はちょっとこわいと感じていた竪坑櫓も今では見るとほっとする存在で、町の花でもある桜が咲くと“ああ、ここは志免なんだな”と実感します。

  • 啓さん 仕事の都合で福岡へ引っ越すことになり、最初に住んだのが志免町でした。ふたりとも町内に勤務しています。予備知識がほとんどないまま住み始めましたが、適度に田舎で、しかし交通の便などがよくてすっかり気に入り、ついに家も建ててしまいました(笑)。

  • 志免町だからこその懐の深さ

    岐代子さん 志免町の一番の魅力は、何といっても人です。最初に住んだ借家の大家さんや近所の方がとても親切で、当時小さかった子どもたちの面倒を見てくださったので共働きの私たちにはとてもありがたく、町にも自然と溶け込むことができました。しょう油やみそなどの貸し借りもしょっちゅうでしたね。それに目上の方々が町内会の活動に熱心で、積極的に誘ってくださったおかげで交友関係も広がり、今では私たちが役員を務めています。空港も福岡市も近いけど都会ではない、でも田舎ではない。そんな人と環境が大好きです。

  • 啓さん 今住んでいる地域もすごく人付き合いがいいんですよ。地元の壱岐と同じように昔ながらの人のあたたかさが残っていて、みんな本当に親切なんです。それはきっと、私たちのような転入者を受け入れながら発展してきた志免町だからこその懐の深さだと思います。

  • 町が元気で、だれにもやさしい

    啓さん 志免町はいわば元気なまちで、公民館対抗の運動会が行われるなどスポーツを通じた交流が盛んです。私たちふたりの趣味もソフトバレーボールで、20年ほど前にサークルを立ち上げて週1回練習に励んでいます。ボールが柔らかくて球速もあまり出ないので力の差が現れにくく、年齢や性別に関係なくだれでも楽しめます。だからメンバーも、10代から70代までと幅広いんです。

  • 岐代子さん 同時期に小学校の役員だった方々と親しくなり、みんなで老後を楽しく迎えたいと思ったのが結成のきっかけで、「いつまで続けようか」なんて言い合いながら毎週集まっています(笑)。競技人口は町内で200人以上、年6回ほど主催する大会には近隣の市町を含めて40チームほど参加することもあります。これからもふたりで楽しく暮らしていけるかなと思っています。“これから”といえば、高齢者も住みやすい町ではないでしょうか。たとえば、シーメイトを起点とする無料の福祉巡回バスが走っています。わが家の近くも通っているので、車を運転できなくなったら利用するつもりです。先日は、姉がそのバスに乗って私たちを訪ねてきました。

  • 啓さん 病院も近くにあって受診しやすいですしね。交通の便がよくて買い物に便利、それに保育園や小中学校も充実している。高齢者やお父さん、お母さん、子どものだれにもやさしい町だと思いますよ。

遠田さんご一家水野さんとその仲間たち福永さんご夫妻寺田さんご一家森林さんご夫妻