志免町移住(在住)インタビュー

志免町出身・在住の

寺田さんご一家

  • 志免町のよさは変わっていない

    匡伯さん 志免町で生まれ育って家業を継ぎ、家族6人で暮らしています。志免町の魅力のひとつは、子育てのしやすさ。自然が身近で、公園などの遊び場も多く、息子も近所の鉄道公園で友達とよくキャッチボールをしていました。息子の野球の応援や手伝いで、妻と一緒に志免総合公園のグラウンドなどによく足を運んだこともいい思い出です。子どもたちの歓声が聞こえてきて、それを大人が見守る光景っていいなと思うし、志免町にはそうした環境も土壌もそろっている気がします。

  • 娘さん 小学生のころは、よく公園で遊びました。志免町は田舎過ぎず、でも都会過ぎないところが好きです。

  • 匡伯さん 私も子ども時代は鉄道公園で鬼ごっこをしたり、探検気分で竪坑櫓やボタ山へ出かけたりしました。時代や風景は変わっても子どもが遊びやすく、子どもを育てやすい志免町のよさは今も変わっていないと思います。

  • 奥さん 便利だけどのどかで、確かに子どもを育てやすいですね。小さな町なのに小学校が4校あって、しかも近くて通いやすいのも志免町の特長ではないでしょうか。

  • ほどよいご近所付き合いがあったから

    匡伯さん 楽しく子育てできたのは、ほどよいご近所付き合いのおかげですね。親御さんたちと仲良くなってお互いの家を行き来したり、各町内会で組織する「子ども育成会」に参加して多くの方と交流を深めたりしました。私の息子と娘もそうですが、小中学生はスポーツで汗を流したり、夏祭りや餅つきを楽しんだりしていましたね。

  • 奥さん 地域対抗でバレーボールやソフトボールの試合も行われていて、結構盛り上がっていました。

  • 娘さん 小学校低学年のころ、よくバレーボールに参加していました。学年や年齢に関係なく同じ地域でたくさんの人と仲良くなれたので楽しかったです。それがきっかけで、中学ではバレー部に入りました。

  • 匡伯さん そうした人付き合いは、先ほど娘が言った“田舎過ぎず、都会過ぎず”という志免町の環境や土地柄とも大きく関係していると思いますね。

  • 不便さを感じたこともないんです

    奥さん 私が那珂川町から嫁いで来た当時と比べて、県道68号沿いを中心に飲食店やスーパー、歯科、美容院、理髪店、整骨院などが増えて本当に便利になりました。

  • 匡伯さん 町外の方から「志免はお店が多くていいね」とうらやましがられることもあるし“どこで何を食べようか”と選べるくらい近所にもお店が多いんです。志免町で過ごしてきた人生をあらためて振り返ると、不便さを感じたことも、町を出たいと思ったことも不思議とないんですよね。それだけ住みやすいということなのかな。なぜ住みやすいかといえば、人や文化、店など古いものと新しいものがちょうどいい感じで融合、調和しているからではないでしょうか。新しい店や施設が増え、交通などの利便性もよくなる一方でボタ山や古墳、古い商店街、伝統行事の石投げ相撲なども残っている。竪坑櫓をライトアップするイベントや、平成の森公園にホタルを定着させる活動などもそのいい例だと思います。

遠田さんご一家水野さんとその仲間たち福永さんご夫妻寺田さんご一家森林さんご夫妻